昭和54年4月21日 朝の御理解
御理解第4節
「此方金光大神あって、天地金乃神のおかげを受けられるようになった。此方金光大神あって、神は世に出たのである。神からも氏子からも両方からの恩人は、此方金光大神である。金光大神の言うことにそうむかぬよう、よく守って信心せよ。まさかの折には、天地金乃神と言うにおよばぬ。金光大神、助けてくれと言えば、おかげを授けてやる。」
19日の朝から御本部にやらせて頂きまして、ここを五時に出るはずだったですけれども、十五分前に出らせて頂いた。おかげで、一汽車、早く乗らせて頂いて、大体は乗れんのだそうけれども、お年よりが、三十分間もホ-ムで待たれるのは、気の毒だから「これに乗ってください」と言われて、乗せて頂いて、おかげを頂いて、三十分間、早かったおかげで、後が、ずっともう、最後までおかげになっていくんですねぇ。もう、おかげの切っ掛けというのは、本当に素晴らしいことね。だから、そこに一コマ狂うと、そこから、また狂うてくる。信心生活させて頂く者は、そういう神様の働きを頂き通しに頂けるね、そういう私は信心生活になりたい。今度は、豊美が行っています、古川の家の三人の御霊様の式年にあっておりました。それで、まぁ大変念のいった、まぁ本当に念のいった、御霊祭でしたが、丁度、おしめりでございましたから、あちらへ着かせて頂いて、もう、滑り込みで、着物に着替える暇もないよな時間でしたけれども、30分早かったおかげで、御本部お広前にも、その前にお届けに出らせて頂く。そして、霊祭にもちゃんと、着物を着終わって、下に降りさせて頂きましたら、お祭りが始まるというようなことで、丁度、ひとひとと、あちら、御霊地では、おしめりがあっておりましたが、そのおしめりのおかげで、その、墓前祭が、いわゆる、ようはいで、終わったんですけれども。まぁ、しかし、あんなに念の入るもんとは思いませんでした。墓前祭、なんかでも、庭を開かれて、奥城の方を覗いてからのお祭りでしたが、まぁ本当に考えてみると、あれが、もし、お天気が良かったらね、お山の方へ行っとたら、私共は、その翌日、昨日が菊栄会が、わたしが、あちらへ行くというので、菊栄会の信心実習を岡山でおかげを頂いたんです。それに、東京へ出張中の竹内先生が、丁度、その時間に岡山へ帰らせてもらいますから、「今度は。どうでん私も参加させて頂きたい」というて、秘書方と二人で一緒に参加して頂きました。お祭りを終わらせて頂いてから、あちらのホテルに着いたところ、竹内先生も今、着いたところへ着きました。万事、お繰り合わせの中に、大変、いろいろと広大なおかげを頂いてまいりましたが、もう本当に、一コマ違ったら、次から次と違っていくということでございましたがね。昨日、博多の駅へ着かせて頂いてから、宮崎さんが連れ、失うとんなさるもん。宮崎友足さんが。それから、あんたバスで迎えに行ったのと、探されよるとが、入れすりがえになって、丁度、私共は、20分間あそこで(笑い)。まぁ、本当にちょっとしたことでね、狂うてくるという時は、そんなもんですよ。そこをお詫びさせて頂いて、こちらへ着かせて頂いてから、まぁ、そこんところのお繰り合わせを、また、頂き直したという感じでしたけれども、本当に何時間、リズムに乗りに乗っての働きなんかというものは。昨日、後楽園か、岡山のね、初めて見せて頂いたんですけれども、おかげを頂いて、ずっと、もう、今にも降りだしそうな曇りでしたから、もう、あの広いところをまわるのに、私共が見終って、車に乗るのと、まぁカンカン照りじゃないけれども、日が照って暑くなったのが、もう一緒のようでした。おかげで「これは、日どんが照っとるんなら、本当に汗が出るところじゃった」というたことでしたけれども。同時に、今度は全然、お祭りにきついということもなかって、おかげを最後まで頂いたんですけれども。もう、今度は、私、御本部へ参りましてから、一番感じましたことは、今日の御理解じゃないですけれども、「此方のおかげで神様が世に出られる」とか、「此方の恩人は金光大神だ」とか、今日言葉が出てくるんですけれども、もう、今度は初めてでした。金光家、古川家の方達が向こうの方から、お礼にみんな出て見えられたこと。特に、今の五代金光様の奥様なんかは、もう、この度は、何からなにまで、兄弟夫婦だけではなくて、しばらく、あちらの子供を預かったこと、もう事のお礼を、もう本当に手厚く、もう本当にこちらが尻こそばがゆうなるくらいに、お礼のお届けが、古川家の方達もみんな、そのことがあって、合楽に対する見られ方というものがね。それから、御祭主が金光家の先生にお願いしてあったんだそうですけれども、急に、急変して、みやた先生というて、丁度、威智雄さん達の従兄弟になります、あの中近畿の講演会の時に、その所長が見えてから、私が、お受けしたという、その先生でした。今、教務部長でおられますが、教務部長の御祭主でした。私は今度、その御祭主の方のお祝詞にの素晴らしいこと、長々とした、もう実に念の入った、あの祝詞を聞かせて頂きました。その祝詞の中にも、古川家が、いわば、そこの、代々、みなお道の教師でおわりになるのに、今度、威智雄さんのことを皆、心配しておったんんですね。あの年になるまで、お道の教師をしないものですから。それが今度、合楽教会で修行させてもろうて、夫婦とも、今度は、学院に行くことになったというのが、実に親切にね、祝詞の中に詠ってあるのです。そのことを私は聞きましてから、感動しました。「これは、そのまま、もし、古川家の御先祖の御霊達が、これは私に対して一礼申しておられるんだなぁ」という感じがしたんです。皆さん、今日の御理解にはそれますけれどね、成程、教祖の神様の御信心が、天地金乃神様との出会いになり、いわゆる天地金乃神様がいよいよ、それこそ、前代未聞と言われる、開闢以来と言われるような、お道の信心が打ち立てれた。その教祖の神様の御信心をいよいよ、本当の意味においての、前代未聞。本当の意味においての開闢以来、本当の意味においての、あらゆる宗教が価値観を失うほどしのものというところまで高かめられたのが、合楽理念です。
夕べも、皆さん、帰らせて頂いて、共励殿でいろいろお話させて頂いたけれども。例えて申しますとね、今までは、この光一つでも行灯を使ったり、電気の前はガス灯を使ったりね、いうならば、ランプを使ったるしていたんですけれどもね。ここに一度、発電所が設けられ、電気が、いうなら付くようになったら、どういうことになるでしょうか。「私は行灯がよか。いやランプがいい」というようなことではなくて、そげな便利なものが、本当にあるならば」ということになったら、ランプとか行灯とかというものは価値観を失なってしまうのではないでしょうか。今、合楽で言われてることは、そういうことなんです。だから、これは教団をも含めてです、もし、なら合楽が言うておるように、「合楽理念が助かりの理念として、人間が助かっていく、そこには両手足ろうたような、右左が足ろうたような、天地が足ろうたような信心で、そこから生みなされてくるおかげというものが、合楽で今、頂いておるようなおかげを合楽に関わりのある教会が現わされるようになり、合楽にご縁を頂いておる御信奉者が、いよいよ、そういうおかげの実が、もし上がるとするならば、上がらなかったら駄目です。おかげを受けなかったらだめです。言うだけ、「あれは合楽だけのもの」ということになります。けれども、合楽理念によって、皆さんが、そのように助かりが、もしできてくると、過去のものは全部、行灯からランプぐらいなことになってくるんです。そして、価値観を失うことになる。なら、価値観を失うということは、不幸なことかというとそうじゃないです。価値観を失うほどしの、いうならば、新たな電気なら電気に潤うていける生き方というもんがですね、世界総氏子の上に広がっていく、広がっていく内容をもっておるというのは、そういう意味なんですね。それだけの価値のある、金光教の信心であり、合楽理念なんです。まぁそれやら、これやら思わせて頂いてね、教祖の神様もご自分の頂いておられる信心をこれほど、深く広く現わしたくれることに対して、まぁ、お礼を言うて頂くわけじゃないけれどもです、お喜び頂けると私は思うのです。ためにも、まずんなら、合楽という、関り合いのある合楽という名の付いたすべての人達、「合楽理念をもってするほかにない」と、いつも言っておるすべての士農工商の全ての人達が「合楽理念をもってするほかなし」というようなおかげになって現れてくる時、私は教祖の神様からお礼をいわれるのじゃないだろうかと。
今度2、3年前の出来たという岡山の、岡山国際観光ホテル、もう、岡山市内を一望に見られる、その山の上に、12階建てが達っている。昨日、聞かせて頂いたんですけれども、今の金光様と大変、仲の良いお友達だそうです。ここの社長という方が。それが昨日、竹内先生が、そのたくさんの人が私を迎えて、丁重に扱ってるもんですから、「あの方が金光様ですか」と言われたそうです。それで、竹内先生が言われることがよかです(笑い)。「はい、西の金光様です」と(笑い)。まぁ本当にね、もう、まぁ西の金光様でおかげを頂いたわけなんですけれども、そんなこと話したんですけれども。これはどうでも、やはり西の金光様と皆から言われるくらいなおかげを頂かなければ、やはり本当の合楽理念のいうならば、布教というか、広まるということにはならない。んなら、私が金光様になりきれらなければ良い。私自身というのは、どこまでも、いうならば無学な商人の出と同時に、皆さんご承知のとおり、お粗末な人間ですけれども、という自覚に立って、いうならば、私以外の、んなら、ここで子供たちを初め家族の者初め、信者皆さん一同が、「合楽の金光様」というくらいな頂き方が出来られる時に、本当の産みなされるものというのが、生まれてくるのじゃないだろうかといったようなことも、いろいろ思ったんですけれどもね。まぁ、どうぞ、私は古川の霊祭、そして菊栄会の信心研修、それやらこやらを思うて、そして今度は、あの竹内先生ところの御親戚が、備前松園、松の園という大変、そりゃ、もう、それこそ、本当に素晴らしい、その備前焼きの窯元なんです。そこの私が存じ挙げておる叔父さんというのが、ブラジルに永年行っておられて、帰って来られるたんびに、当時の椛目に見えた方なんです、この頃は、もう80近くになられますけれども、ちゅうぶげであまり体も言葉も不自由な状態ですけれども、もう、感動されてから、本当に手を握りあってから喜びあったことでした。丁度、合楽をまだ知りません。椛目の時代だけしか知りません。その時分から「もう、とにかく、あの椛目の先生、南米に布教所、いうなら、教会を作ってください。やって下さい。」というのが、もう見るたんびに、もうそのことのお願いがあっておりましたね。それで、こうして、合楽の出社が南米にできたこと。最近は、マットグロスソンという大変な奥地に出来たことをお話しましたら「大変、そのマットグロスソンという所は、自分が関心をもった所だ」と、もう、そのことを大変喜ばれましてね。もう感激の、まあ、それこそ劇的な面会になったわけですけれども。もう、帰りには「これが先生の最後になるか分からないからね。どうでも一つ、記念品を送りたいから、この中の良かったら、どれでも」と言われるけど、そげん、それこそちょっとしたもんが何千万といったような備前焼きのことですからね。なかなか「なら、あれ下さい」というわけにはまいりませんから、遠慮しとったけれども、「なら、この中から」と言われから、まぁ選ばせて頂いて、大きな壺と他にいろいろと頂いて、まぁ送ってくださるそうです。そういうおかげまで頂いてまいりましたが、今度の古川への霊祭、引き続いて、信心研修の菊栄会のことが、あちらで待たれて、しかも特別に竹内先生が参加してくださって、もう、大変なおかげを頂いて参りましたが、信心のお土産話でございますけれどもです、その、お土産話の中からね、お互いが、ひとつ、いうならば教祖の神様が天地の神様から、お礼を言われるほどしの、いうならば、大坪総一郎が教祖金光大神様からお礼を言われるような、いうならば、合楽にご縁を頂いておる皆さんが、いよいよ合楽理念をもとにして、「合楽理念をもってするほかなし」というほどしの、すべてが価値観を失うほどしのおかげを皆さんが頂いて下さってね、初めて、まぁ私がですね、なら、ここに正義先生がおりますが、「正義先生、おかげで合楽が、かく発展してきました。今度の合楽建設も、皆さん、あなた方のおかげでこんなに見事なおかげになりました。」というようにですね、「一礼申して頂けるほどしの信心」をめいめいで頂きたい。それにはね、過去の全てのいうならば、ものがね、価値観を失うほどしのおかげをです、今までランプを使っておる。行灯しかない。「いや、ランプが良いの。行灯が良いの」と言うようなことではなくて、本気で合楽理念による、いうならばね、天地との交流、つながりの頂けておる、合楽理念をもって、お互いが助かる時にです、そして、おかげを現わしていく時にです、いうならばね「親先生が、一礼申して下さるような御信心にお引き立て頂きたい」という願いをね、めいめいが持たなければいけないと思うのですね。どうぞ。